20110428 第6回寛流学林

高橋寛治さんを迎えての寛流学林も今日で6回目。今回からは、高橋さんが実際やってきたことから、共同体のあり方やまちづくりの具体的な手法を学ぶ。



●東北や栄村の震災をどう復興していくか?
飯田市の歴史を見ると・・・
・川路の大水害から復興は30年
・飯田の大火から、市街地の復興は29年経過
長いスパンで考える必要あり、また個人レベルではなかなか難しい。
また、外部の人間がビジョンを策定することが必要かもしれない。

●現在の講演内容について
・都会と過疎山村は等価である、とういテーマで講演している。
・都市部の人たちは都市部だけで全てが完結、自立していると考えている。今回の福島原発の事故、計画停電などでわかるように、全て「関係性」の中で人は生きている。

●内発的発展論
・鶴見和子教授・・・柳田國男などの研究から、人や地域の内なる力から発展を促す手法を展開。
 地域が持っている内側の力をどう育てるか?
 例えば・・・人口問題・定住問題は外部の人を呼び入れればすむのか?その地域に住む人とどう一緒に学び、住んでいくのか?を考える。

●都市の再開発についての考え方
・一言で言えば「都市再開発法による協働の促進」。
・当時の先進事例は、上尾市(埼玉)、丸亀商店街(香川県高松)など。
・飯田市は唯一「まちづくり」という手法で再開発を行った都市。日本の多くの再開発は大資本(コンサルとデベロッパー)が入って行った事例ばかり。
・「まち」がしっかりできていないと、基本企業誘致などは不可能。
※S28.9、リンゴ並木は40本のリンゴの木の植樹から始まる⇒これが飯田の「まちづくり」の原型
・「政策」によって、地域は全く違うものになる、またその政策を作れるのが「公務員の特権」である。
・エゴではなく、普遍性があったら「できない理由」より「どうやったらできるか?」を考えてきた。(国の法律さえも変えてきた)
※「エゴではなく普遍性があったら」とは?
  飯田市ためのだけ?飯田市のええかっこしい?
  この法律を変えたら、どの自治体にも通用し、まちづくりが促進される?
・当時の道路構造令では、3,000台/日利用がある道路は車道歩道を分離することになっていた。当時のリンゴ並木道路は6,000台。
※実はこういう道路は飯田市が2事例目。一番最初は世田谷区。

●当時の飯田市の現状
・郊外への大型店の乱立
・中心部も西友が撤退・・・日本で最初に市街地から大型店が撤退した事例
・コンビニエンスストアの進出…まち全体がコンビニへ※コンビニが1件できると地元商店街は3件つぶれると言われた

●当時の(今の)人々の考え方
・戦後は「個人が個人のベストを尽くすこと」が価値観であった。
→これは課題。生活に困ったら、後継者がいなければ、農業従事者はどんどん農地を売却していいのか?

●考え方の基本
・誰がやるのか?(市民が自分たちのためにお互いに)
・全体的な市民の視線で(個人の利益ではなく、飯田市そして下伊那全体の目線で)
・将来の利益を考える(30年後には飯田のまちはこういうまちになっている!)
・科学的な調査(アンケート調査、統計から見えてくるもの)

●具体的には・・・
・商店と農業従事者の交流の場づくり・・・こういう機会を沢山つくる
・行政ができること
→勉強会、フォーラム、視察・・・ 実は行政は、こういうことくらいしかできない
・ワークショップの開催・・・地元の自治組織や飯田東中学校のこどもたちと。
また、地元からはいわゆる2世(次の世代を担う世代)に参加してもらった。これが全ての始まり。

●飯田方式ができるまで
・「なぜ市街地再開発をやろうと思ったのか?」
イタリアのボローニャ地方を視察。人々が自らの手でまちづくりを行っている。まさに市民が都市を開発している。※井上ひさし『ボローニャ紀行』
↓
これを飯田でどうやるか?
↓
ゼネコンとデベロッパーを入れない、市民の手による再開発!
・都市の本質は多様性。いろんな人が関わりながら、自分たちの町を作っていくことが重要。
・飯田方式の確立
 ①全員同意・・・ワークショップやフォーラムを通じて
 ②バス方式・・・まず合意できた箇所からの開発
 ③市民の銀行設立・・・5人の方が200万づつ出資。会社社長などがいたが、会社の資金ではなく個人のお金を出資。
  ※これが今の飯田まちづくりカンパニーの前身だ!この会社の本質は「市民のための新しい銀行」。
  ※個人のお金を出資し、配当はもらわない。既存金融機関と市街地再開発の間に、この「信用ある市民」の方々が橋渡しとなる!
  ※今言われているTMOとは一線を画している。
 ④蔵を残す・・・「蔵を残せないような開発はまちづくりじゃない」→法律も改正!
 ⑤現場主義・・・現場事務所をつくり、毎日そこへ出勤。
 ⑥生活の再生・・・医療・福祉・介護・環境の整備。商業はこれがしっかりすれば、後からついてくる。
 ⑦市民が開発・・・あくまでも市民主導で。
●開発の流れ
(1年目)
・都市や集落が落ち込んでいる時は、全ての面(数値)が下落している。一つのものを再生してもだめ。総合的に解決することが重要。
(2年目)
①住む・・・もう一度人が集まり住んでもらうにはどうしたらよいか?
②交通・・・道路のヒエラルキー化(階層・階級化)
③共同(一緒に)建替え・・・一部の改修や建替えでは、逆に人口流出につながる
④連続投資・・・一過性ではなく連続投資をして、じっくり再開発
⑤文化・・・文化力があるまちとは「情報力がある」まちということ。民間が「来てみたいなあ」と思うまち。

●公務員として
1)法律の本旨に戻ること・・・その法律の目的は何か?なぜこの法律ができたのか?
2)職務に取り組む姿勢・・・常に高い理念を持って。公務員こそが普通なら不可能と思われる理念を掲げ、それに向かっていくこと。
3)公共投資=民間のフローを呼び込むこと・・・再開発は手段、目的は「地域全体の価値を上げる」こと。
4)課題
・都市再開発法はインフラ整備が主体。だが全国を歩くと、インフラ整備を行ったところこそ「ダメ」になっていた・・・
↓
5)社会サービスの充実・・・インフラ整備ではなく「住みやすいまち」を作ろう!
社会サービスとは医療、福祉、介護、環境の整備・充実。リンゴ庁舎に福祉関係の窓口を置いたのはその一角。

内発的発展論を唱えた鶴見和子教授。実は最近読んだ原尻淳一さんの『アイディアを形にして伝える技術』の中に出てくる鶴見良行教授とは親戚関係にあたるとのこと。これはもうびっくり。いろんなところで、いろんなものがつながります。


1 件のコメント:

紅音 さんのコメント...

鶴見和子先生は、来飯されたこともあり、著書にその際の写真も載っています。
また、鶴見先生を追ったかつての「ETV特集」のプロデューサー、坂元良江さんは飯田高校出身。
鶴見先生の理論のベースともいうべき柳田国男は、もちろん飯田にとっても大切な縁のある人。
本当に全ては繋がっています。
素晴らしい縁をもつ地域です。
その縁をまた大事に育てて地域の未来に繋げていきたいです。

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