3月31日に退職者を送る会、そして4月1日は異動による辞令交付や新人や新しく入庁される職員の方々の紹介。人との別れと出会いは表裏一体、陰と陽であると、つくづく思う。今回退職された方の中には、土木関係についての知識をたくさん教えてくださった課長さんがいた。あの方から教えて頂いた知識や考え方は、本当に大きな宝物である。多くの住民が退職を悲しんでいることからも、その人望や仕事のやり方が素晴らしかったことがわかる。住民の方々への説明や気遣い、かと言って間違っていることはケンカや言い合いをしてまでもガンと聞かない。そのような姿勢は本当にたくさん見習うところがあった。 このような知識や経験は、決して暗黙知を形式知にするKnowledge Managementの面だけからは得られないものだ。かつての日本の工業が隆盛を誇ったのは、このような職人気質の知識や技術を「盗む」ことが背景にあったと聞く。結局、この「盗む(もうとする)」姿勢が大事だと思う。いくら文章や表面化された知識が目の前にあっても、それをそのまま飲み込むようなことは、その人間の個性が育ってはいかない。その知識を得ながらも、どのように自分の血や肉としていく、いかに自分流にしていくかが重要だと思う。いずれ大半の事務はOA化・IT化され、全てプログラムやマシンによって作業できるようになるだろう。このような時代の中で、行政という仕事は常に異動がつきまとうが、その中でも「自分」という「人間」がいる「価値」を見出すことが重要だと思う。 「いそがしい、いそがしい」という職員がいるが、その原因の大半は仕事そのものの量よりは、OAの知識が足りない・ファイリングを工夫していない・メモをとらない・自分データベースを構築していない・・・等々の理由で、単純な事務作業に忙殺されているのではないだろうか?確かにこのことには終わりはなく、またコスト(お金と時間)もかかるが、それも含めて「仕事」と考える姿勢が必要だと思う。この目的は単純に事務の効率化ではなく、そのウラにある住民のために時間を生み出す、というのが目的であることを忘れてもいけない。引継のこの季節に、改めて考えてみると、まだまだ改革改善の余地はたくさんあるなあと思う。写真は役場となりにある高森中学校の桜。
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